ケニア!彼らはなぜ速いのか|ニュースレターNO.209

長距離や特にマラソンのトップ選手が次々とケニアから生まれ、そのほとんどかカレンジン族出身であることからその速さの原因を研究者たちはいろんな方面から探そうとしています。一昔前までは、長距離の能力は体重1㌔当たりの最大酸素摂取量によるものと考えられていました。

しかし、記録は伸び続けているにもかかわらず、最大酸素摂取量の上限は変わらない現状がありました。そうした中、北欧の科学者たちはすねが細くて長いからカレンジランナーは速く走れると結論しました。これはテレビでも放映され、私もそれを見ていました。

確かに、アフリカの選手たちの下腿は細く長い体型をしていましたから、なるほどと確信したところがあります。このとき、くるぶしに50gの重りをつけると酸素消費量が1%増えるといっていたことを覚えています。

その他、東アフリカ・ランニング科学センターのピツィラディスは、ケニアのトップランナーは、レース前に体重を落とし、レース中に補給する水分も尐なく、そうして身体を軽くしていることが彼らの速さの秘密であるといい、またDNAから長距離に優れた遺伝子を見つけ出そうとしています。

コペンハーゲンのマッスル・リサーチ・センターのサルティン教授は、筋肉と脂肪のエネルギー代謝の面からケニア人ランナーの強さの秘密を探っています。

当然のことですが、強さの秘密をどれか一つの要因に絞りたいというところに問題があると思います。いろんな要因があってしかるべきで、今後の研究でも強さの唯一の要因を見つけることはむつかしいと思います。

忠鉢信一著の「ケニア!彼らはなぜ速いのか」(文芸春秋2008)という本を読みましたが、ケニア選手の強さの要因を見つけ出そうとするいろんな研究をインタビューを通して紹介されています。長距離走を考える上で、役立つ著書であるといえます。特に、下記に紹介する部分は、ケニア選手を知る上で参考になると思います。長距離に興味のある方は、一度読んでみてください。

『クラウディオはイタリア北部のブレシアにあるローザ博士の合宿所で仕事を始めたが、3年前からケニアに拠点を移した。

あらゆることがヨーロッパとケニアでは異なっているという。

「ここでは、友達という関係の定義も独特です。ただ単に“きみは僕の友達だ”という言い方はしません。ほとんどの場合、“きみは僕の友達だ。きみが必要だから”となります。必要なくなればもう友達ではなくなるということです。カレンジンの生活はもともと毎日がサバイバルだったからなのでしょう。

今でも、朝起きてまず、その日の食べ物を心配しなければならない人がたくさんいます。ヨーロッパでいう友人関係を築く余裕などないのかもしれません。ここでいう友達は、言ってみれば“助けるけど、借りは返して”という関係。私が見ているランナーたちも、何かが必要なときに私のことを“友達”と呼びます。

シューズをくれないかな、友達だろっていうふうに。私は彼らに“シューズはあげるけど、友達と呼ばないでくれ”と言い返します。友達はそういう関係ではないと私は思います。本当に信頼できる人が私にとっての友達ですから」

ケニアの人々を知り、それからランナーを知った。そういう順番だったとクラウディオは語った。

「最初にローザ博士がアドバイスしてくれたことですが、それがこのキャンプの成功の秘密だと思います。“ケニアに行って誰かに命令しようと思うな。反対に、彼らにどうしたら良いコーチになれるか教えてもらえ”」

ランニングを教えるときも、ヨーロッパでの常識は通じないという。

「例えば1000メートルを2分50秒のペースで走り、200メートルを1分30秒で流すというインターバル走を10回繰り返すとします」

1000メートルを2分50秒のペースで1万メートルを走ると28分20秒。マラソンを走ると2時間ちょ
うどで走りきるスピードだ。

「ヨーロッパ人のトップ選手にやらせたら、必ず2分50秒ちょうどで走るはずです。ペースが乱れても2分49秒か2分51秒でしょう。ところがケニアではそうはいきません。2分50秒で10本、わかったな、とどれだけ確認しても、何が起こるかわかりません。最初の1本目は3分で走ってくるかもしれません。そのうち2分45秒までペースが上がってしまい、また3分近くまで遅くなってしまうこともあります」

ケニアに来て間もない頃、クラウディオはそのために混乱したという。一流のランナーなのに、いったいなにをやっているのか、と。しかしローザ博士の教えを思い出して我慢しているうちに、なにが起こっているのか、コーチとしてどうすればいいのかがわかってきた。

「予想もつかないハイペースでインターバル練習をすれば、コンスタントに2分50秒を繰り返すよりも高い負荷がかかる。これはこれでいいと思うようになりました。問題はそんな練習を毎日続けていたら、2週間で選手は壊れてしまうことです。どうしたらいいのか。そこにもう一つの成功の秘密があります。

ときには競わせ、ときにはコントロールする。言葉で指示するのではなくて、そういう状況を作り出すことによって、練習を微調整していきます。練習の結果を見ながら、次の練習を組み立てていきます」

キャンプの中には、ヨーロッパやアメリカに住んでいるコーチが練習プログラムをファックスで送り、実際の練習は選手に任せているところもあるという。

しかしクラウディオが言ったようなケニア人のメンタリティーを理解していれば、外国のオフィスから練習プログラムを送りつけても、それがどんなに綿密に計算された良いプログラムでも、役に立たないことがわかる。

カプサイトのエリックが自ら併走しながらランナーのグループを組み替え、選手の息づかいを聞きながらペースを調整していたのも、クラウディオの言う「秘密」と同じ理屈なのだろう。

「私が1時間の軽いランニングをしなさいと指示したとします。20人のランナーは軽く走り出します。ところがそのうちの一人が、今日は気分がいいからちょっと自分の脚を試してみるか、とペースを上げます。コーチの私は、だめだ、おまえは先頭に立つなと止めます。すると別のランナーが先頭に立ってペースを上げます。

自分だってそのくらいのペースで走れるということを見せたいのでしょう。ちょっと待て、おまえもだめだ、後ろにつけ、と私は指示します。すると今度は別の選手です。その繰り返しをしているうちに、1時間の軽いランニングが、1時間のレースになってしまいます。

イタリアのオフィスからファックスで練習プログラムを送って選手に任せていたら、1時間の軽いランニングが1時間のレースになってしまったことなどわかりません。選手の疲労を知らずに、翌日には予定通りの練習プログラムを指示してしまうでしょう」

それならば、ヨーロッパの選手がするように、コーチのプログラム通りに練習できるようにケニアのランナーを教育すればいいのではないか。

「競争への意欲にあふれたカレンジンのメンタリティーを練習に利用しない手はありません。彼らからそのメンタリティーを奪ったら、彼らはもうカレンジンのランナーではなくなってしまうでしょう。これもローザ博士が言っていたことです。グループで練習しているので、ペースが上がったときについていける者といけない者が出てくる。

速い者同士のグループができて、その中で競争してまた強くなる。そういう自然淘汰が毎日のように起きているのです。ただ競争だけさせていればいいというものではありません。練習中になにが起きているのか。きちんと知っておかなければ、どう対処したらいいかはわかりません。それぞれの個人的な事情を把握しておく必要もあります。そういう情報を利用して、練習の状況をうまく調整していくことがコーチの役割です」

クラウディオは強調した。

「彼らの生まれついた性質である競争意識を殺してはいけません。そのメンタリティーが彼らの速さの秘密なのです。そしてこの性質はグループで練習することによって磨かれています。個人練習では磨かれません」

クラウディオの話は私の中にすっと入ってきた。モンバサでアイルランド人コーチのブラザー・コルムの話を聞いていたからだ。プラザー・コルムは「何が人を走らせているのかが大切だ」と言っていた。クラウディオはケニア人の競争心旺盛なメンタリティーだと考えて指導していた。

翌朝6時からの練習には30人から40人のランナーが集まるという。しかし正式にクラウディオが指導しているランナーは10人ほどしかいない。ほかのランナーはそれぞれ勝手に練習に加わってきているだけだ。

「彼らは挑戦しに来ているのです。彼らはいつかランナーになろうという夢を持っています。ケニアに来たばかりの頃、彼らに「どうせランナーにはなれないのだから、やめたらどうだ』と言ってしまったために、ほかのランナーまでやめてしまいそうになったことがありました。

彼らにとって走ることは夢であり希望です。私が言ったことは、人生も夢も希望も捨てなさいと言っているようなものでした。今では、だれでも走らせてあげています。彼らがいることによって大きなグループが形成され、彼らの思いがけない走り方によって、予想もしないシチュエーションが練習中に起きます。それでいい。

毎日が一つとして同じ練習ではありません。私の選手たちはそういうふうに練習していくことによって、あらゆるペース変化に対応する力がつきます。コーチにとっては簡単なことではありませんが、よく観察してプログラムを調節していけば大丈夫です」

マッサージを受けているベンソンに聞いてみた。

練習の時、どうしてコーチに言われたペースを守れないのだろう?

「レース中に起きるかもしれないどんな状況にでも対処できるように練習している。レースのように練習している。速く走るための練習なんだから、“もっと速く走れる”と感じたら、それを試す。だれかがそうした時についていけなかったら、一入でおいていかれてもう練習は終わったようなものになってしまう。

ついていかないと練習にならない。決められた練習プログラムがあるのは知っている。その通り走ることもある。でもその通りに走らないこともある。自分を試したくなるから」

クラウディオがベンソンの言葉を継いだ。

「練習プログラムがあるのに、彼らは競争を始めてしまいます。練習でなにが起こるかまったく予想がつきません。ランニングの教本に書かれている言葉で彼らがしていることを説明するとすれば、多様なペースへの適応力を鍛えていることになります。でも彼らはそんなふうには考えていなくて、走るんだ、先頭を走るんだ、先頭を走り続けられればレースに勝てるんだ、というふうに考えてる。

そういうふうに走れとだれかが教えたわけではなくて、彼らにとってそれが自然なのです」

様々なペースで走ることであらゆる筋線維の力を最大限に引き出そうとする練習理論は多くのトップコーチが試みている。でたらめな練習どころか理にかなった高度な練習を自然にやっていることになる。

ベンソンが弁解するように言った。

「クラウディオがゆっくり走れと言ったら、自分はそうする。でもだれかがスピードを上げたら追いつかないと練習にならない。そのときはクラウディオのプログラムを忘れてしまう。そうするとクラウディオのプログラムを台無しにしてしまうこともわかっている。でもただ忘れてしまうんだ」

コーチの仕事をしながら、クラウディオはミラノ大学に提出する卒業論文を書く準備をしていた。ケニアでしてきたこと、見てきたことを書くという。

「何もしないで2時間6分で走れるはずがありません。メンタリティーやライフスタイルなどと練習が組み合わさって初めて、そういう選手になれます。三つとか五つの要素だけを見ていたら間違えるでしょう。たくさんの要素が絡んでいるので、すべてを総合して説明しようとすると、結局それはまるで、彼らがカレンジンだから速いと言っているようなものになるかもしれません。

私はケニアのランナーについて調べたあらゆる研究論文を読んでいます。すべてが役に立つとも言えますし、一つも役に立たないとも言えます。文献から得た知識と私の経験が結びつくと、いろいろなことに気がつきます。例えば、朝の練習は何も食べず空腹のままロングランやインターバル走をします。

血液中のグリコーゲン(糖)が尐ない状態なので、身体は脂肪を早くエネルギーとして利用しようとします。脂肪のエネルギーを効率よく使えるようになれば長距離走には有利ですから、運動生理学的に理にかなった練習方法と言えます。私はケニアに優れたコーチがいないとは言いませんが、やはりスポーツ科学の最新の情報に触れられないことはケニア人コーチにとってハンディになっているのではないでしょうか。

でも私の論文には、ケニアの外に住んでいる人が書いたことは忘れて、私自身がケニアでの経験から学んだことを書くつもりです。これがケニア人ランナーの速さの秘密です、なんて簡単に書くことはできないでしょう。秘密があるとすれば、ケニアでは、予測不可能なあらゆる状況に適応していかなければ生き抜いていけないことに関係しているかもしれません。

常に変化する状況に適応できれば最高のランナーになれるし、最高のコーチになれるでしょう」

クラウディオがケニアで学んだ指導のノウハウを他の国へ持ち込めば、ケニア人並みの選手を育てられるのだろうか。セント・バトリック高校のアイルランド人コーチ、プラザー・コルムは、ケニアと同じ方法で教えても、ほかの国では成功しないと断言していた。クラウディオの考えも同じだった。

「尐なくともヨーロッパでは無理でしょう。ケニア人が持っているメンタリティーをヨーロッパ人は持っていませんから」

メンタリティーの違いを理由にしたのもブラザー・コルムと同じだった。

「ミラノマラソンで優勝したことがあるうちのキャンプの選手の一人、キプチュンバ・チェロノがあるときこんなことを言っていました。『ケニア人ならだれでもランナーになれる。違いは練習するか、しないか、だけだ』って。ケニアの人たちは、一人ひとりの才能の違いはほとんどないと思っています。

持っている才能はみな同じだ、と。だから、彼に走れるなら、自分にも走れると、自然に思っているのです。でも私にはそんなふうには思えません。ある人は才能を持っていて、ある人は持っていない。そういうふうに考えるはずです。あなたは違いますか?」

ケニア人は特別な存在だ。特別なメンタリティーがケニアのランナーを特別な存在にしている。クラウディオはそう考えていた。

「カレンジンの人々は、耐え方を知っています。だから人間の限界まで力を出せるのだと思います。どんなペースで走るのも怖れません。このペースであと何キロ走れるかとか、このままいったら続かないとか、そういうことを計算せずに、自分の身体の感覚だけを頼りに走っています」

夜はローザ博士の豪邸に泊めてもらった。クラウディオはジャネスの家に向かった。門番がいるから、玄関の鍵は閉める必要がないと言われた。洗濯物を出しておけば、明日の朝練習の後までに女中がアイロンをかけて戻しておいてくれるという。シャワーを浴びて、ベッドに入ったら、必ず蚊帳を使うようにと注意された。

翌朝5時半、クラウディオが運転するトヨタ・ハイラックスのピックアップトラックで、カプサベトへ向かった。そこには木造の小さな観客席が設けられている赤土の400メートルトラックがあった。名前は「ケイノスタジアム」だ。

スタジアムは、大人の腰ほどの高さに積み上げられた煉瓦で囲われていた。400メートルトラックの楕円は赤土に半分埋められた石で描かれていた。
ランナーたちは三々五々走って集まってきた。それぞれにストレッチをして身体をほぐす。

煉瓦の塀の向こう側では、女性たちが牛の乳を搾り始めた。通学の途中という様子の子どもたちが、そこが近道なのだろう、トラックとフィールドを小走りに横切って行った。

クラウディオはーカ月後のロンドンマラソンを目指すマルティン・レルの様子に神経を集中していた。

レルは2002年にローザキャンプに加わり、翌2003年は4月のボストンマラソンで3位、10月の世界ハーフマラソン選手権で優勝、11月のニューヨークシティーマラソンで優勝と大活躍した。2004年は賞金がかかった短いロ1ドレースを中心に走り、メジャータイトルはボストンで2位という結果しか残せなかったが、2005年にはロンドンマラソンで初優勝を飾った。

2007年はロンドンとニューヨークの2冠を狙っていた。層の厚いケニアのマラソンランナーの中でも急成長している選手の一人。晩年にさしかかっているテルガトの後継者候補として存在感を大きくしていた。

クラウディオがレルの様子に気をつけていたのには特別な理由もあった。3週間前にアメーバ赤痢にかかって、1週間ほど寝込んでいたからだ。その間、練習を完全に休み、一時は4月のロンドンをあきらめなければならないかもしれないと心配されていた。

しかしアメーバ赤痢が治ると、レルは信じられない回復を見せた。「今はもうすでに最高のコンディション。ロンドンでは何かをしでかすはず」。復帰からわずか2週間で、クラウディオはレルの調子にそこまでの感触を持っていた。

「何かをしでかす」という言葉には、世界記録の予感をにじませていた。私は半信半疑だった。高熱と下痢で寝たきりになり、それから練習を再開して2週間でそんな状態にまで回復できるだろうか』

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