理論を作り上げること|ニュースレターNO.146

退院して2週間、手術をして4週間がたちました。20日の火曜日に診察を受けてきました。心臓のほうも引き締まってきたという表現を使われましたが、元の状態に近づきつつあるそうです。食欲も旺盛で、必要なトレーニングをしているせいか、身体の方はますます元気になっています。

さて、今回のニュースレターでは、理論の構築のむつかしさについて考えてみたいと思います。世間では、「・・理論」と名がつけば、また優秀な選手がそのことにかかわっていると、尚更「・・理論」は疑いもなく取り入れられたりします。私も「魚住理論」と呼ばれたりする事がありますが、それはきっぱり否定しています。

私なりの「考え方」というものはありますが、「理論」と呼べるものではありません。私の場合は、生理学的な「理論・理屈」を基礎にして、いろんなトレーニング方法やリコンディショニングの方法を自分なりに理由付けて考え出しています。

世間では、簡単に「・・理論」と勝手に名づけている人たちがいますが、それが現場で指導者を悩ましている原因になっています。「・・理論」というならば、それを証明する科学的データなどの集積がなければいけません。ほとんどの人たちは、データの集積、分析などとかかわることはありませんので、「・・理論」といわれると、それを正直に信用してしまう方が多くいます。

学生にもよく言うことですが、何事に関しても「これだけ」「この理論」がすべてということはありえません。これは、一面性の考え方に陥ることになります。必ずいろんな方向から考えて、この理論は納得できるか、検討しなければいけません。その理論もすべて否定することも無いと思います。

何かに関して、その理論が使えることもあるわけです。ただし、その場合には、「理論」とは呼べません。理論は、いろんな方向から検討して、すべて納得できる結果が証明されなければならないのです。「・・理論」と「理論」を使わずに、「・・の考え方」という方が無理はありません。「理論」と「考え方」の使い方には、気を付けなければいけません。

「・・理論」に関して、トレーニング科学研究会の機関紙に面白い記事が出ていました(深代千之 トレーニング科学Vol.18 No.1・2 2006)ので、紹介したいと思います。ここ数年間に出てきた「ニ軸理論」について、その理論を科学的に証明し、その理論に対してバイオメカニクスの立場での分析から、互いの論点を比較し、誌上で討論しようという企画が立てられました。

私も楽しみにしていたのですが、その企画は残念ながら実現しなかったようです。その企画の経緯と実現に至らなかったことが紹介されています。今回は、その一部をピックアップして紹介したいと思います。詳細については、上記の機関紙をご覧ください。正に、「・・理論」と名乗ることの難しさが見て取れます。

「・・理論」と「理論」をつけて、世間的に広がればそれなりの説明責任を持たなければならないはずです。「理論」を証明できないことなどありえないし、証明できるから「理論」のはずです。

『このバイオメカニクス研究結果を追うような形で、最近では古武術や身体技法を用いた、ナンバ走り・二軸走行・常歩(なみあし)などが提示され、スポーツ選手だけでなく一般のスポーツ愛好家にも注目されるようになってきている。しかし、これらの走り方が、理屈にあっているのか、本当に速いのか、などについては未だ明らかにされているわけではない。この点を誌上で検証してみたい。

そこで、誌上討論として、二軸・常歩などを中心になって提唱している京都大学の小田伸午氏と、バイオメカニクスの観点からスプリント理論構築に中心となってきた大阪体育大学の伊藤章氏に執筆をお願いし、速い走り方に関するディベートを企画した。これは、意識と動作、主観と客観などという対立軸で考えることができるが、このディベートを通して、速く走るメカニズムの主観と客観が深まることが期待される。』

『速く走るスプリント理論構築の基となったのは、私もスタッフとして参加した1991年の東京世界陸上競技選手権のバイオメカニクスプロジェクトであった。このプロジェクトでは、日本陸連と世界陸連のバイオメカニスト約80名が東京に10日間泊り込んで、すべての種目を高速度フィルム・ビデオ撮影して3次元解析した。

・・・これを10日間続けた後に、それぞれの種目のフィルム・ビデオを自分の大学や研究所に持ち帰り、大変な労力を使ってデジタイジングして運動学的・運動力学的変数を計算し、種目ごとに要点をまとめあげた。

それを広く一般に公開するために、日本陸連が中心となって作成した報告書とともに、ベースボールマガジン社の協力を得て、種目別全10巻のビデオとして販売したのである。撮影時のスタッフの旅費・宿泊費そしてビデオ作成に関わる費用は(我々スタッフのデータ解析の人件費はもちろん含めずに)何千万円にもなった。

京都大学の小田伸午氏は、その市販ビデオを“私用”して、「ターンノーバー」などの持論を展開してきている。次号で、小田氏には「二軸走行(仮題)」に関して、(一般の人ではなく)スポーツ科学者にわかる形で論を展開して説明していただく。

その論説の中でお願いしたいのは、個々の理論の構築について、明確に出展を上げて、誰のどの研究を基にしているのか、自分で実証してきたのはどの部分なのかなどを明らかにしながら説明してほしいという点である。あくまで、学術的な議論をするためである。

それに対して、次々号で、伊藤氏にバイオメカニクスの観点から、小田理論を検証するということを依頼したい。この誌上討論によって、速い走り方に関して、よい点・問題点・改善点などが浮き彫りになり、さらに進んだスプリント理論ができあがることを期待している。』

『前号に掲載した「誌上ディベートの企画意図」を同封して、京都大学の小田伸午氏に執筆依頼を行った。その返答は、残念ながら「原稿執筆否。せっかくの企画ですが申しわけありません」というものであった。そこで、次のような文面を電子メイルおよび郵送で送り、再考をお願いした。

トレーニング科学会の依頼「誌上ディベート」に、否の返事をもらい、大変残念に思います。これを企画した意図について、若干補足説明します。企画理由は次の2点です。

1:最近話題の「ナンバ、二軸、常歩」などに関して、書物や講演などで啓蒙活動を中心的に行っている、小田先生の理論を、じっくりと読み解いてみたい。

2:小田先生の「ターンオーバー」などの論の発端となっているのは、我々「東京世界陸上バイメカプロジェクト」の資粋なので、公に説明責任がある。

特に、2についでは、世界界陸上のプロジェクト班のほとんどの人がもっているものです。小田先生は競技会での動作を対象に3次元解析をしたことがないのでわからないかもしれませんが、次のような多大な苦労があります。

グランド内あるいはスタンド最上段にカメラを設置することの許可を陸連および審判部から得る(当時は陸連と審判部を説得するのに、委員長の小林寛道先生を中心に何度もお願いの会議を行い、結局「ビデオ審判」を兼ねるということでようやく了解を得ました。

撮影では夜間なので暗さとの戦い(夜の撮影時にはカメラの絞りを秒刻みにトランシーバーで確認しあうという状況でした)、朝のキャリブレーションの後に観客が尐しでもカメラにぶつかれば校正がすべてだめになるという一日を通してのカメラ管理、そして特に大変なのは、フィルム・ビデオの3次元解析です。

解析では、もちろん今流行りのモーションキャプチャのようにはいかず、足先・足首・膝…などの点を1コマ最低20点(3次元なので最低2カメラ)、1秒間100コマデジタイジングしますが、夜の撮影で対象が黒人選手であることはデジタイジングをさらに困難なものにしました。細かくいえば、まだまだありますが、報告書や市販ビデオに到るまでには、日本陸連とベースボールマガジン社の政治的・経済的な支援とともに、我々プロジェクトチームの無償の苦労があったのです。

小田先生は、その市販ビデオを利用して二次処理を行いました。このようなデータの使用は許可なくして許されるものではないでしょう。それも、非営利な学術誌に研究論文として発表するのならばまだしも、さまざまな商業誌に公表している。

したがって、小田先生には説明責任があるだろうし、その機会をあえて与えたということなのです。出典を明確にして学術的な議論をしようということです。ご再考ねがえませんか?

しかし、このメイルの返信がくることはなかった。実は、私は小田氏の著書「運動科学」を「体育の科学」誌で書評している。運動科学では二軸理論に多くの頁を割いているが、その書評では「二軸理論については、今後の発展を期待したい」という書き方で論評を避けた。というのは、感覚を基にした決め付けが多く評価できないということと、放っておいてもメジャーになることはないだろうという考えからであった。

また、同僚がスポーツ科学を啓蒙しようとしているのだからそっとしておこうという「武士の情け」もあり、二軸理論に触れないでおいたのである。

その後、陸上・短距離の末続慎吾選手が2003年フランス世界陸上200mで銅メダルを獲得し、コーチの高野進氏が「ナンバ」という言葉を発して以来、ナンバ・二軸・常歩が俄然注目されるようになった。近代日本が打ち消そうとした日本古来の身体文化や動きに振り返って注目する、これ自体は好ましいことで、私自身もエールを送った。ただ、内実はどうかという不安はあった。』

『・・・著者の織田氏は、小田氏の説明を引用して「科学的」としているが、小田氏の説明自体が理解しがたいのである。例えば、「ナンバ…」の82頁に、走りで「抜き、脱力感覚で傾きを抑える(これもよくわからない表現であるが)」ということについて、小田氏の次のような説明を引用している:「右足が接地するとき、地面からの力(反力)を受けて、離地した左足は上がっていく。

しかし、慣性と重力の法則で左腰と左肩は上から下へと流れていくんです。…」。バイオメカニクスを尐しでも勉強した者には、この文章は難解だ。地面反力を受けて振込脚は上がっていかないし、左腰と左肩が上から下へとながれるというのはどういうことか、そもそも、ここでいう慣性と重力の法則とは何を示すのか、と。

・・・小田氏の著作では、「膝を抜く」あるいは「二軸」という記述がたくさん出現するが、言葉の定義がなされていず、曖昧なままに語られている。小田氏の説明は力学や生理学用語をちりばめているが、それがさらに理解を難しくさせているのである。また、小田氏の定性的な動作の説明が個人特有のものなのか、一般化できるものなのかも読み取れない。

・・・また、100mの前世界記録保持者モーリスグリーン選手と日本記録保持者伊東浩二選手の股関節問力を比較している(運動科学123頁、図5-8)が、グリーン選手は追い風で伊東選手は向かい風のデータである。

短絡的な比較といわざるをえないし、そもそも小田氏自身が、関節トルクや関節間力がどのように計算されて、どのような意味をもつのか理解しているのだろうかと問いたくなる。例をあげればきりがないが、このように納得する説明がなされないままに、断定的に「二軸はよい」と論を決めつけているのである。自分たちに都合のよい局面の姿勢だけを取り出してきて、都合のよい論を立てている。小田氏らの論の組み立てはいつもこのような形のようだ。』

『・・・ナンバ・二軸・常歩…これを意識することで、上手な身体の使い方を発見することがあるのかもしれない。自分たちのグループ内だけで、感覚や現象をおもしろがっている分には誰も何も言わない。ただし、それを世間に提唱するからには、それなりの責任が生じるのは当然である。堂々と議論できない人たちが勝手な情報を世間に流してよいはずはない。

このグループの中で、小田氏の立場は(織田氏の本をみてもわかるように)科学側にあるのだろう。しかし、小田氏らが提唱する動きに理論づけができておらず、スポーツやトレーニングの世界が混乱し、無視しておくわけにはいかなくなったので、今回の誌上ディベートを企画したのである。二軸グループのディベート拒否は、アカデミアのリング内にもどることを自ら拒んだ、つまり、自分と同調する人たちの輪だけで生きることになるということを覚悟しての結論ということになる。』

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