スポーツ栄養学について思うこと|ニュースレターNO.011

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以前に分子栄養学で紹介した斎岡明子先生からFAXが入りました。スポーツ現場での食事指導や栄養に関する指導内容について状況を聞かせてほしいと言うものでした。そこで私が思うがままに書いたものをお送りしましたが、それに加筆したものを今回紹介します。

 

栄養に関する考え

『現在の一般の栄養学とスポーツ栄養学の違いは、特にないように思います。いわゆる栄養学の基本が、食品や食べ物の摂取量とそのバランスでしかないと言うことです。従って、スポーツ選手と一般人の栄養学の違いも本質は変わるものでなく、両者の違いはその摂取量の差(栄養素の一部を増やすと言うようなこと)にあるとしか言えないように思います。

このような栄養学は、数学的・算数的、机上の理論であって、1+1のように誰にもできる、効果があると言うように上手くいくはずがありません。選手も一般人も同じ人間であり、一人ずつ特性、体質も異なると言うことが理解できていないように思います。

その違いは、やはり食べたものをいかに消化し、吸収できるか、優れた消化・吸収器官を持っているかどうか、一人ずつ違うと言うことです。
そして基本として行われている食事調査についても、食べたものを机上のバランス表と比較して、何をたくさん食べて、何を減らすと言った食事指導がパターン化された最たるものと思います。

食事の指導がまるでジクソーパズルのような、抜けた部分の埋め込みスタイルになっているのではないでしょうか。

 

新しい視点を持つこと

重要なことは、身体の中、臓器、血液の中の調査が必要だということです。例えば、メジャーリーガーのシーズン中の食事は、チーズバーガーとポテトフライがほとんどのようです。ナイターが終わって深夜に家に帰ってからステーキは食べられないはずです。

それでも大きなパワーのある肉体になるという事実を見れば、スポーツ栄養学の視点をどこにおけばよいのか、新しい見方が必要になるのではないでしょうか。

またテレビで痩せるために1日3食きちっと食べて、低カロリーの食事に抑え、運動をやっているのに、机上の計算通りに痩せないで悩んでいるというのがあります。それでも机上の算数理論にこだわることが理解できません。昨年12月から私がトライしている「ライフスタイル革命」の方が理論を読んでも説得力があり、その効果も著しくリバウンドも見られません。』

結局、「栄養学はこうである、こうでなければならない」といった、誰かが標準化した固定概念から離れなければ「真のスポーツ栄養学」(一般人の栄養学もそうですが)は確立されないのではないでしょうか。

その意味では、日本のスポーツ界のトレーニングについても同じ状況だと思います。机上の理論、実験室のデータの現場への直接の移行だけでは、生きたトレーニングで生きた競技で結果を出しつづけることは難しいと言うことです。一人一人違った人間がやることですから。

トレーニングに限らず、物事の発展性、改革意識がないと言うことがなければ、「まぐれ・偶然」の結果にしかなり得ません。だからオリンピックや世界大会で勝てる選手が少ないのです。結果を出せなかった選手に対して見方を変えれば、素質のある選手が山の頂上まで登りつめることができないで、どこかで止まったり、戻ってしまったりと言うことになるのでしょう。

「頭を柔軟にして、逆転の発想をすること、ものごとを360度から見直すこと」という考え方です。そして何事にも疑いを持ち、直ぐ否定することなく、指導者としてその実態を理解して結論を出す努力が必要です。

ただ待っていたり、人のまねをしたり、本を読むだけでは選手個人に見合った真のトレーニングは生まれません。応用としての発想が不可欠です。そこから生まれるものは、当然間違いもありますが、新しい理論を生み出す可能性もあるのです。

ホームページで紹介した「ソビエト・スポーツ・トレーニング」と「読んでわかる見てわかるベースボール・トレーニング」は、正しくその手がかりになるものです。ぜひ読んでいただきたいと思います。それが理解できれば、新しい発見・発想が生まれると思います。

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